市内宮内に鎮座する高彦根神社にて新嘗祭併せて大麻頒布祭を執り行いました。
神社役員や町内会長の皆様約30名にご参列いただきました。
昨年は冷たい雨が降っていたと記憶していますが、今年は写真のように素晴らしい秋晴れになりました。
秋の実りに感謝をして、新年の神宮大麻が恙なくご家庭に届き、良き年をお迎えいただけますようお祈り申し上げます。(吉)

市内宮内に鎮座する高彦根神社にて新嘗祭併せて大麻頒布祭を執り行いました。
神社役員や町内会長の皆様約30名にご参列いただきました。
昨年は冷たい雨が降っていたと記憶していますが、今年は写真のように素晴らしい秋晴れになりました。
秋の実りに感謝をして、新年の神宮大麻が恙なくご家庭に届き、良き年をお迎えいただけますようお祈り申し上げます。(吉)
令和元年のはじめ王神祭は無事にお納め致しました。
多くの皆々様よりご参列を賜り穏やかに進め事ができました。
古代この地方を開拓され、稲作漁業酒造りなどの技を伝え広められたというご祭神への感謝のお祭りです。そして同時に神様と神様の婚礼の儀式でもあります。
お供えする米や餅、魚(鮭)は独特のお供えのやり方にて献上します。特に鮭は恩念切りといって鳥居の形にしてお供えします。古来より鮭は越の国より朝廷への献上品であったことはよく知られていますが、鮭は年の魚としてこの地方では雑煮などでも重用し生活に密着した魚です。ご神前の中央には鮭の背ワタ(内臓の部分)を別にお供えしています。古来から強壮薬として塩漬けにしていたそうです。
令和2年も11月5日に10時に執り行います。ご希望の方はどうぞご相談ください。(小)
新潟県長岡市蔵王に鎮座いたします金峯神社にて 【11月5日(火)午前10時】 より、新潟県指定無形文化財に指定されている『王神祭』を執り行います。
王神祭は金峯神社に合祀されている又倉神社の祭儀で、又倉神社とは金峯神社(蔵王権現)が当地に遷座される前にこの地に鎮座していたといわれる産土神社で、王神祭は非常に古代色の強い祭儀です。
御祭神 大地主命(おおとこぬしのみこと)はこの地に稲作・漁業・酒造の技を伝えられたといい、その感謝のため祭儀といわれています。
祭儀では鮭を包丁と菜箸で直接手で触れず調理し鳥居の形にして奉ずる年漁行事の他、古代の祭儀を思わせる所作で成立しております。
※終了後直会を行い古来より神社に伝わる料理法にて雑煮を振舞いますが、ご案内の方のみに限らせていただいております。
直会への参列ご要望は電話もしくはメールにてお問い合わせください。
電話 0258-32-2337
メール master@kinpu.jp
新潟県長岡市宮原に鎮座いたします大己貴神社で祭礼を執り行いました。
少し歴史をご紹介いたします。かつて、こちらの地には「十方院敬忠」という山伏がおりまして宮原村(当時)に薬師を奉祀したのが事の始まりです。当山派(※1)修験十方院は慶長年間(1596年~1615年)その町で当時、薬師如来をお祀りしておりました
。その後、時代が進み明治に神仏分離で大己貴神社と名前を改め「大己貴命(大国主命)」をお祭りした。
※1 当山派とは平安時代から江戸時代にかけて存在した真言宗系の修験道。金峯山(※2)を山岳修行の拠点とし活動を行っていた。明治の神仏分離で、修験道廃止に伴い当山派は真言宗に統合されることになった。
※2 金峯山とは奈良県の大峰山脈のうち「吉野山」~「山上ヶ岳」までの連峰の相称。
祭典は朝ですが御神輿は昼、アトラクションは夜です、まだまだ続いています。(佐)
8月11日は市内下条町に鎮座する下条神社の例祭が行われました。
下条町は長岡市内の南部に位置しており、金峯神社からは8~9キロのところに下条神社は鎮座しています。
条は田んぼの畝を意味し、長岡市内には他に上条、中条、下々条などの町名がありますが、昔から水田が広がる地域であったことが推測されます。
下条町には元々町内の各地に5つの神社が鎮座していて(十二神社・諏訪神社二座・石動神社・八幡神社)、昭和30年頃区画整理にともなってこの五社を十二神社へ合祀し、社名を下条神社と改めた歴史があります。以来下条町の産土神として護持され8月上旬の祭礼は大変賑やかなお祭りで知られています。
この日もよく晴れた暑い日でしたが、社殿には時折心地よい風が吹き汗を乾かしてくれます。中越地震の際には鳥居と御本殿に大きな被害があり数年間掛けて復興しました。それも早いもので10年近く歳月が経とうとしています。広い境内では子どもたちが遊ぶ声がこだまし、鎮守の杜には蝉しぐれが響いていました。日本の夏の昔ながらの風景に懐かしさを感じる一日でした。(桃)